[ 新・平成の百物語 ] ~ 99%までは解説できる短編集 ~

「幽霊自転車」

【 北島M弘さん/フリーター:24才 】

●僕はいま、夜中に聞こえる不気味な音に悩まされています。
 
●僕は都内の安アパートで一人暮らしをしているフリーターです。ミュージシャンになりたくて、田舎町から引っ越してきて約半年が経ちました。アルバイト先は、駅前の某居酒屋チェーン店。アパートから歩いて5分くらいの距離ですが、居酒屋ですから部屋に帰るのはやはり夜中の3時過ぎくらいになってしまいます。不気味な音を聞いたのは、そんな時間帯でした。
 
●まずはこのアパートについて説明しておきます。駅に近い便利な立地なのですが、建物事体はご想像以上にオンボロです。そもそも、ここの大家さんは昔からの土地持ちで、自宅の広い敷地内に建てた離れでした。そのうち使わなくなり、昔の苦学生に貸したのが始まりだとか…。
風呂無し、共同トイレといった二階建てに、六畳一間の部屋が上下二部屋ずつ計四つの部屋といった間取りです。オンボロな分、格安な家賃なわけですが、いま住んでいるのは二階にいる僕と、一階にいるFという僕よりひとつ歳下の男だけです。
 
●僕は夜中にアルバイトから帰ってきても、すぐには寝つきません。田舎育ちの僕にとって、都会の中でポッカリと生まれる深夜の静かな時間帯は、大切なものだったからです。つまり、ミュージシャンを目指す僕にとって、静寂さは安らぎと集中力を生む貴重なものなのです。
僕はこの時間にいつもヘッドフォンで、お気に入りの音楽を小さい音量で聞きます。そしてプロのベイシストになるために、中古ベースギターを音が出ないようにコードを押さえる練習だけをするのです。
そんなある晩、ヘッドフォンの外から妙な音が聞こえてきました。それは「カッカッカッ」という、乾いた木がぶつかり合うような音でした。僕は「何の音だろう?」と、音楽テープをとめ、ヘッドフォンも外しました。するとまた「カッカッカッ」という音が聞こえたあと「ガチャン」という音に変わりました。僕は「何だろう?」と息をころして聞き耳をたてていると、その音は窓の外、つまり庭から聞こえているようでした。そして「カラカラ…ガラガラ…、ガチャコン、ガチャコン…」と、まるで誰かが古い自転車に乗って走り去っていくような音がしたあと、また静かになりました。
このアパートの敷地内には、知らぬ者や新聞配達は出入りしません。僕は「ああ、きっと下に住んでいるFが、自転車でコンビニにでも出かけたんだな」と想像しました。
 
●僕は時々、銭湯でFと出会うことがあります。彼は物静かな性格で、どこかの日本料理店で働いているそうです。とくに親しい付き合いはありませんが、彼は挨拶もきちんとするタイプの好青年です。そして、僕がその自転車のような音を聞いた翌日も、何日かぶりに銭湯で彼に会いました。せっかくだったので僕は聞いてみました。
 
不気味な話「昨日の夜、どっか出かけた?」
「え? 昨日の夜って?」と、Fは僕の質問に戸惑っていました。
「昨日の夜の3時半ごろ、自転車で出掛けなかった?」と再び僕が確認すると、
「俺、ずっと寝てたよ、それに自転車持ってないし…」という答えに、僕はがく然としました。確かにこのアパートには僕も彼も自転車を置いていなかった、と今さらながらに気がついたからです。僕は
「じゃあ、誰か来なかった?」と聞くと、
「いや、来なかったよ」と、Fはまるで無反応でした。僕は仕方なくFに昨日の事を話しました。するとFは、
「あれ? たしか前に二階に住んでた人も、同じことを言ったような気がするなぁ」と言いました。僕は気になって
「それ、詳しく教えてくれない?」と頼みましたが、彼は、
「俺もさぁ、よくわからないんだ。その人、引っ越してきたばかりで、そのあとすぐにいなくなっちゃったし…」と言いました。
 
●自転車のような音は、次の日も聞こえました。それは最初とまったく同じ時間帯でした。そのとき僕は古びた窓を音をたてないように開けて、庭を確かめてみました。しかしそこに自転車どころか人陰もありませんでした。もちろん、下に住んでいるFの部屋の窓も、灯りはついていません。僕は認めたくはありませんが、これは「霊体験」ではないかと、ゾォ~っとして背筋が寒くなりました。
 
●その音は今でも定期的に続いています。僕は何度もその正体を確認しようと試みましたが、いつも音だけで何も見つけられません。もし仮に、霊の仕業であったとしたら、いったいどんないわくがあるのでしょうか? ただただ、不気味な気分を解決できないで過ごしている毎日なのです。
そして僕は、そろそろここを引っ越そうかと考えています。ダーク・アサクサさんも、けっきょくそれが正解だとお考えでしょうか?

 

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【 ダーク・アサクサの見解 】

ダーク浅草
 
■北島さん、あなたのご心労が伺い知れるお話ですね。その「自転車のような音」が、あなた自身に何ら害を与えていないとしても、不気味であることは当然です。では、ゆっくり解説いたしましょう。いつものように、私が解説することは、あくまでも私の推測にすぎない、ということを前提に聞いてください。
 
■まず結論から申しますと、その「自転車のような音」は、あなたが想像する「霊の仕業」的なものではないでしょう。具体的に言えば、その時間に誰かが「自転車のような音」を作為的に再生してスピーカーから流しているだけのこと、と判断しています。いわゆる録音されたテープとかを…。誰か、とはもちろんFさんのはずです。たぶんFさんが働いている日本料理店で使っている自転車で、その音を作ったのかもしれません。おそらく、あなたの前に住んでいた人の話も作り話でしょうね。つまりFさんは、小細工をしてまであなたを追い出したかったのです。でも、なぜFさんがそう考えたのか? ヒントは「自転車のような音」の前に聞こえた「カッカッカッ」という、乾いた木がぶつかり合うような音でしょうね。まぁ、ゆっくり聞いてください。
 
■何度も念を押しますが、これは私の推測です。一般的に言えば、安普請の家屋の二階で深夜に起きていれば、生活雑音によって下の階の住人に迷惑をかけるというのは想像できますね。ただ、あなたはそれをよく理解していて、かなり気を使って音を出さないように配慮されています。もし、Fさんがあなたに不満をもっているとしたら、そういう騒音ではないでしょう。では、いったい何に対する不満なのか? それは、あなた自身のライフスタイル、つまり生き方と言えるのかもしれません。
 
■私の想像では、あなたよりひとつ歳下のFさんも、実は夢を抱いて上京してきたのでしょう。しかし、家庭の事情か何かはわかりませんが、それを断念せざるをえない状況になったのかもしれません。夢よりも現実…、そうした上で現在、日本料理店で修行をしているとしましょう。そこへあなたのようなタイプの人が近くに現れてしまった。夢を捨てたFさんにとって、夢を追いかけている自由なあなたが疎ましくて仕方がなかった…。あなたが目障りだったんです。そう、逆恨みですね。でもなぜそこまであなたを逆恨みしたのか? それは、あの「カッカッカッ」という、乾いた木がぶつかり合うような音…。これもFさんが出していた音です。その音とは、きっとドラムを叩くスティックだったとは思いませんか。つまりFさんも、あなたと同じミュージシャン志望という夢を持っていたのです。しかし彼の場合は、捨てざるを得なかった。ドラマーという夢をです。そんなFさんが、ストレスから無意識にスティックを握っていたとしたら…。
 
■最後に北島さん、引っ越すかどうかについてですが、それはあなたが決めることですね。そしてもし、あなたがプロのベイシストになる夢を追い続けるなら、どうかFさんも責めずにいてください。この世の中、やりたくてもやれないことや、頑張ってもなれないことがあります。つまりあなた自身も今後、Fさんのような逆恨みは絶対にしない、とは言えないのですから。
 
《 終わり 》

イラスト:青木青一郎

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