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『万馬券が出た!』別冊宝島 219

宝島社 1995年

───── 有馬記念・平成4年 メジロパーマー × レガシーワールド ─────

(秘)公開・装鞍所でのトウカイテイオー

絵と文 秋森 正

装鞍所の名人たち 各競馬場には装鞍所という施設がある。レースの1時間20分前に集合して、馬体重や蹄鉄、馬の特徴、ケガなどをチェックした後、鞍とゼッケンを着ける場所だ。競馬記者はもちろん、馬主さえも入れない。ある意味で隔離された世界だ。そればかりか装鞍所に入る直前の馬は、出張厩舎の中でさえ監視されている。すべては公正な競馬を徹底させるためのシステムなのだ。
 
 僕はいま、中山競馬場の装鞍所でアルバイトをしている。通称「脚あげ」と呼ばれ、出走する全馬の脚を僕ひとりで持ち上げ、装蹄師の先生とともに、蹄鉄の種類や釘の緩みなどの検査をするのが仕事だ。ときどき新馬に蹴られそうになったり、Gパンに下痢気味のボロ(馬糞)をかけられたりもする。もちろん法的にも物理的にも馬券は買えないが、ここには「馬や人」の素顔と本音に接しられる楽しみがある。
 
 テレビや雑誌ではなかなか見れない話……。有名なアイドル馬が厩務員を振り切って牝馬を追い回したあげく、あわや××……、なんてこともある。歩くのさえ億劫だという超モノグサなスプリンターもいる。また厩務員さんも個性的な人が多い。馬体重プラス14kgという数字にビックリして、
「ヤバいなぁ、テキ(調教師)に怒られちゃうよ。4kgぐらいマケてくれよ」と涙ぐむ人もいる。馬がボロをすると
「これで2kg減ったよな?」と食い下がる。でもマケてくれたという例は聞いたことがない。
ある調教師は朝日杯3歳Sのときに、
「ウチの馬が5着までにきたら、赤飯炊いちゃうよ、アハハハハ」なんて言いながら、少しは色気があるのだろう、緊張してタバコの反対側に火をつけていた。
また、ある騎手は、女性厩務員がきていると、なぜかラジオ体操を始める。僕も試しにやってみたが、女性厩務員は無視していた。
 
 さて僕がこの装鞍所で脚を持った何千、何万頭のなかで、とくに思い出深い馬がいる。それはイブキマイカグラがクラシック最右翼と騒がれていたころ、中山の若葉Sにやってきたトウカイテイオーだ。
当時、重賞未出走だったトウカイテイオーを僕が知ったのは、前日の夕刊紙の『4歳ナンバーワン東上』と書かれた記事でだった。そして当日、トウカイテイオーを間近かに見て、実際にその脚を持ったとき
「この馬は勝つぞ」と思った。それは「いい馬だ」という感じ方とは次元が違う。「いい馬だ」と感じても負けることはある。でもトウカイテイオーに関してはハッキリ「勝つ馬だ」という確信を持ったのだ。ただその「勝敗の確信」をもっとハッキリ理解したのは、1年後の有馬記念だった。
 
万馬券が出た! 皐月賞以降しばらく中山に来なかったトウカイテイオーに、5歳の有馬記念で再会した。前走のジャパンカップを勝ってグリグリのはずが、どこか元気がなく、馬体は10kg減っていた。そして僕は「ダメだ……」と感じて愕然としたのを覚えている。
どこがダメなのかと聞かれてもウマい説明はできない。それは主観的すぎる感覚だし、プロの先生方なら「素人のただの予感だよ」と言うだろう。でも初対面のときに「勝てる」と確信したのと同様に、この日のトウカイテイオーには「ダメだ」と感じた。
そのころを振り返って僕はこう思っている。本当の名馬というのは、栄光や挫折のようなものを事前に察知していて、自分と対峙する人間に何らかの意思を伝えられるのではないかと。
検査後、パドックにトボトボと歩いていったトウカイテイオー。ラジオでは解説者が「ギリギリの仕上げ」と言っていた。
 
 この年の有馬記念はレース史上最高の配当と、サンエイサンキュウの骨折で騒がれた。でも僕は、トウカイテイオーがレース前から惨敗を予知していたという体験を、何よりも忘れられないでいる。

別冊宝島 219

■出版物(エッセイ)


戦後スポーツヒーローベスト50

戦後スポーツヒーローベスト50
『千代の富士』編
(あの大横綱が弱かった?)
(桃園書房)

 
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大相撲熱血場所

大相撲熱血場所
超私的!名・迷勝負十四番
(琴ノ若×朝青龍)
(千代の富士×栃赤城)
(千代の富士×枡田山)
(桃園書房)

 
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万馬券が出た!

万馬券が出た!
(秘)公開・装鞍所でのトウカイテイオー
(平成4年の有馬記念回顧/
メジロパーマー×レガシーワールド)
(別冊宝島)

 
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装鞍所の名人たち

装鞍所の名人たち
競馬場の“シークレットゾーン”で
競走馬を事故から守る人たち
(別冊宝島)

 
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