[ 新・平成の百物語 ] ~ 99%オチのある新タイプの短編集 ~

「まんざらっこ」

【 倉田J一さん/自営業:45才 】

●私が小学生だった頃の話です。家からちょっと離れた通学路の路地裏に、目の不自由なおじいさんが一人で暮らしている家がありました。年齢はたぶん70~80歳くらいだったと思います。家はトタンで囲まれたいわゆる「掘っ建て小屋」でした。私が小学校から帰ってくる途中、たまにそのおじいさんを見かけました。いつも杖をつきながら、道の端っこを慎重に歩いていた姿を今でも覚えています。ただ、子どもながらに驚いたことは、その歩く速度でした。大袈裟に言えば、カタツムリも負けてしまうくらいの遅さでした。実際、私が家に帰っておやつを食べ、友だちの家に遊びに行くために再びそこを通ると、おじいさんはまだ5メートルくらいしか進んでいなかったのですから。

●ある日の朝、クラスメイトが教室でそのおじいさんのことを話題にしていました。遅れてきた私が確認したその内容は、こうでした。
「なぁ、昨日の夕方、地震があっただろ? そんとき俺、ちょうどあのじいさんと同じ道にいたんだよ」
「うん、うん、それで?」
「でさぁ…、近所の誰かが“地震だぁー”って叫んでよ…」
「なに? なに?」
「あのじいさん、いつもの10倍くらいの速さで自分の家に入っていっちゃったんだぜ」
「え~! ウソッ?」
「ほんとだって! たぶんさ、よっぽど地震が恐いんじゃねぇの?」
たったそれだけの、たわいのない話でした。ただ私は、あのカタツムリのようなスピードで歩いてたおじいさんが、10倍の速さで歩けるとはとても信じられませんでした。
 
せつない話●数日後、先日と同じクラスメイトがまた、そのおじいさんのことを話題にしていました。その会話は、こんなかんじでした。
「昨日は面白かったなぁ」
「あははは、面白かった、面白かった」
「え? 何かあったの? 教えて!」
「ケンとタカオと俺の三人で、あのじいさん家に行ったんだよ」
「それで?」
「夕方あのボロ屋の窓から、そぉ~っと覗くと、じいさんが寝ててさ」
「うん、それで?」
「三人でボロ屋をガタガタゆすったんだよ。そしたらさ、あのじいさん地震だと思ったんじゃねぇか? 布団から飛び起きてさ、変な呪文を唱えはじめてやがんの、あはははは」
「ええ~!? どんな呪文よ?」
「まんざらっこ、まんざらっこ、まんざらっこ、だって。きゃはははは」
「なんじゃそれ? あはははは」
話はまったくの不毛な内容でしたが、私の頭の中には「まんざらっこ」という意味不明で聞いたことのないその呪文だけが、いつまでも残りました。

●私は、大人になってからもこの「まんざらっこ」という呪文を他で聞いたことはありません。ダーク・アサクサさん、これは一体どういう意味の言葉なのでしょうか? どこかの地方の方言とか、宗教用語とかなのでしょうか? 解説をお願いします。

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【 ダーク・アサクサの見解 】

ダーク浅草

■倉田さん、この話は正直、困りました。と言うのも、私はその「まんざらっこ」という呪文の意味を解説できないからです。とは言え、もうひとつお伝えすることがあります。それは、私自身も子どもの頃に「まんざらっこ」という呪文を聞いたことがあるということです。やはりご年輩の方が地震で揺れている最中に唱えていたと記憶しています。

■さて、今回は見解と言うより摂理を申しましょう。これは私自身にも当てはまることですが、倉田さんにも他の皆さんにも心にとめておいてもらいたいことです。倉田さん、あなたがずっと気になっていたその「まんざらっこ」という呪文。実はあなたへの戒めとなってはいませんか? つまり興味があったのに知らないままにしておいたのは、あなたの怠慢以外の何ものでもありません。子ども時代に、はっきりと聞くべきだったのです。そのおじいさん本人にです。まわりには親しい人間が誰もいず、近所の子どもにもからかわれていたそのおじいさんの気持ちを考えるて、私はこのエピソードを「せつない話」に加えました。人は、どんなに歳をとっても、ひとりぼっちは寂しいものなのです。倉田さんの質問に対する解答は、これだけです。

《 終わり 》

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