【 尾形S次さん/会社員:28才 】
●私の会社の同僚の中に“ホームラン男”と呼ばれているG君という社員がいます。 皆さんは“ホームラン男”などと聞くと、草野球かなにかでホームランをバカスカ打ちまくるような、筋肉モリモリでがっしりした体躯を思い浮かべるでしょうが、G君はけっしてそういうタイプの男ではありません。むしろ見た目は痩せっぽちの文学青年。そして彼自身、小さい頃から野球を一度もやったことがないという変わり者なんです。 で、なんで彼が“ホームラン男”と呼ばれているかと言いますと、まぁ、詳しくご説明しましょう。 ●これはG君本人から聞いた話です。彼が高校二年生だった頃、同じクラスに野球部のT君という生徒がいました。T君はエースで四番という野球部の中では中心人物。いわゆる根っからの野球少年だったT君は、高校三年生になっても大学に行っても、ずっと野球を続けたいと思っていました。でも、彼の両親はかなりの教育熱心タイプで、野球部に入る条件として「二年生まで」という約束を決めていたそうです。 T君が三年生に進級したら、受験勉強に専念させるためでした。でも、なんとしても野球を続けたかったT君は、両親に懇願し「もし秋季大会で優勝したら、来年の夏の大会まで続けさせてくれ」と食い下がったとか…。そして県の秋季大会を向えたとき、T君はクラスの全員に応援にくるよう、なかば半強制的に頼んだのです。 ●補足すると、彼の高校の野球部は県内では中くらいの強さで、もともと応援の人数も多い方ではありませんでした。そこでT君は、ナインの志気を上げるためと、学校の内外に向けて自分らが頑張っている姿や評判を広めて、両親の耳にも届けようと思ったんです。まぁ、大した策略ではないのですが…。 もちろんG君は、野球にはまるで興味がなく、高校野球どころかプロ野球のテレビさえ、ほとんど見たことがなかったほど。なので、T君に誘われたにもかかわらず、応援には行きませんでした。 ●その試合の結果は、G君が力投して見事に完封したのですが、得点もわずか1点という辛勝でした。次の日、学校では応援にこなかったG君を含めた数人が、T君に呼び出されました。 「おまえら、約束したのに来なかったな! いま、野球部を盛り上げることこそ、母校愛ってもんじゃねぇのか!」と、理不尽な叱責をされたそうです。 ●次の日曜日、G君は仕方なく県営球場まで応援に行くことになりました。興味のない野球なんて見たくなかったG君は、心の中では 「今日、負けてくれれば、もう応援にこなくていいのに…」と、母校の敗戦を願っていました。試合はT君の力投で、最終回まで4ー1とリードしていて勝ちムード。しかし「勝負は下駄を履くまで分からない」とはよく言ったものです。味方のエラーふたつとデッドボールで、2アウト満塁というピンチの場面。そこでG君は敵のバッターに「頼むからホームランを打ってくれ」と強く念じたそうです。そして見事、マンガに出てきそうな逆転満塁サヨナラホームランでゲームセット!。ベンチで泣き崩れるT君を尻目に、敗戦を願ったG君は「ざま~みろ」と心の中でほくそ笑んだとか。 ●二度目のエピソードは、G君が大学一年生になったとき。映画同好会に所属していた彼は、同じサークルのW君という気の合う友だちができました。そのW君が、親戚からプロ野球のチケットを二枚もらったらしく、東京ドームへ誘われたそうです。G君は「また、野球か…」と思ったのですが、W君との仲が気まずくなるのもイヤだったので、表面上は快く受け取ったんです。 ●当日の午後、G君は、その晩に最終回を迎える推理ドラマの録画予約をしてから、W君の待つ東京ドームへ向かいました。その日のカードは、巨人×広島戦でした。その試合は初回にカープが1点を入れただけの投手戦で、8回まで1ー0という接戦。しかしその8回裏に巨人のタイムリーヒットが出て同点になり、1ー1で9回を向えたとき、W君が 「なんだか延長に入りそうだなぁ~」と言いました。その言葉を聞いてG君は、あることに気がついたんです。それは録画予約をした推理ドラマは、野球中継のすぐあとの時間に放送されるということ。つまり野球中継の延長を考えずに録画時間を設定したため、試合が長引けばドラマ後半の30分がまるっきり切れてしまうということになるのです。 時計を見ると8:42。たった今、カープの攻撃が0点で終わり、9回裏の巨人側の攻撃に移るところでした。G君は、高校時代のあの日のことを思い出し、 「巨人の誰でもいいから、ホームランを打って試合を終わらせてくれ」と強く念じたそうです。すると先頭バッターのS選手が、初球を打っていきなりサヨナラホームランでゲームセット。再びG君の念が通じた日でした。 ●こんな偶然なんて、時にはあるもの。そう思うこともできます。でも、G君自身から聞いた話によると、その後にも同じように念じたら、また同じ結果になったと言うのです。正確に言うと、G君が念じて叶うこととは、「ホームランを打って欲しい」という希望を「実際に球場で見ている時だけ」叶うそうなのです。テレビを見ながら念じても叶わないと言うのです。 ●さて、いよいよ最後のエピソードをお話しましょう。それはG君が私の働いている会社に入ってきてからのことです。G君は「自分が球場で念じると、必ずそのバッターがホームランを打ってくれる」という不思議な“ちから”があることを、ずっと黙っていました。しかし、そもそも野球に興味のなかったG君ですが、この不思議な“ちから”が自分にとって大きなプラスに働く場面に巡り会ったと言うのです。 ●それは、G君が初めて真剣に告白したいと思った、ひとりの女性が現れたときの話です。詳細は知りませんが、あるキッカケでその女性に一目惚れしたG君が、彼女と仲良くなりたいがゆえに、それとなく彼女に、やんわりとリサーチをしたのです。すると彼女が現在、興味を持っているのが千葉ロッテマリーンズだということがわかりました。G君は 「よし! 野球ネタなら何とかなるかも…」と喜び勇んで、さっそくロッテ戦のチケットを二枚用意したそうです。そのチケットを持って彼女を誘うと、アッサリOKしてくれました。奮発して買った少し高めの内野席で、G君は彼女とつたない野球談義をしたそうです。すると彼女が、なぜ千葉ロッテマリーンズに興味があるのかも知ることができました。 ●彼女の高校時代のクラスメイトに野球部のY君という男の子がいて、数年前に千葉ロッテマリーンズにドラフト下位で入団したんだそうです。そしてそのY君が今年になってやっと、一軍でピンチヒッターに出られるていどになったというのです。高校時代にとくに親しかったわけでも、卒業してから再会したわけでもなかったのですが、やはりクラスメイトが活躍すると嬉しくなるのは人情でしょう。この話を聞いたG君は、彼女にこう言ったそうです。 「僕には野球の神様がついていて、ちょっとした願いごとが叶えられるんだ」。 彼女はポカンとした顔をしていたので、G君はこう続けたそうです。 「もし、今日のゲームでY君が出てきたら、僕の“ちから”でホームランを打たせてあげるよ」と…。 ●私から語る「最後のエピソード」は、このあたりでやめましょう。え? まだ「最後のエピソード」の話が完結していないって。それはきっと、ダーク・アサクサさんが解説してくれるでしょう。 .
【 ダーク・アサクサの見解 】
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イラスト:青木青一郎