[ 新・平成の百物語 ] ~ 99%までは解説できる短編集 ~

「風呂場から少女の歌声」

【 遠藤Y男さん/会社員:27才 】

●最近、私はある歌声に悩まされています。それは、ここ一~二週間くらい前からのことです。
 
●私は仕事が終わって、一人暮しのマンションへ帰宅すると、まず風呂に入って疲れを取るのが日課です。まぁ、マンションといっても、築30年以上のオンボロ家屋ですから、防音対策もそこそこでしかない建物なんです。したがって、湯舟にゆったりとつかりながら静かに目を閉じたりしていると、隣室のテレビの音や子どもの笑い声などが時々聞こえるほどです。ただ、いま私が悩まされている“歌声”というのは、そういった雑音ではない、不思議な声なのです。
 
●私が初めてその“歌声”を聞いたのは、ある晩の十時過ぎのことでした。いつも通りに帰宅後、のんびりと湯舟につかっていると、どこからかその“歌声”が聞こえてきました。
私は風呂に入る前に、テレビやラジオなどは一切つけません。ですから
「ん? お隣のテレビの音かな…」と思いましたが、何かが変なのです。よく耳を澄まして聞いていると、その“歌声”には演奏がなく、少女が一人で歌っているような声がかすかに聞こえてくるだけなのです。
さらにその“歌声”は、途中で止まったり、同じ部分が明らかに不自然にくり返されたりするのです。しかも何の歌を歌っているのかさえ、判然としません。ただ、少しだけ聞き取れる言葉がありました。
 
不思議な話「××ィ~コ~」「××ィ~コ~」とくり返し歌っている部分や、「敵は間近~」とか「奪われし~」といった言葉でした。
何の根拠もありませんが、私は「この声は、テレビやラジオの音じゃない」と直感しました。曲として、不自然すぎると…。
私は薄気味が悪くなり、風呂場を出ました。しばらくイヤな気分が続いたあと、私はもうひとつの事実にも気がつきました。
その曲は、私自身も子どもの頃に、聞いたことがあるような気がしてきたのです。しかし何の曲かは、どうしても思い出せませんでした。そして、その“歌声”は、ほぼ毎日続きました。しかも聞こえるのは、いつも風呂場だけで、居間や寝室では聞こえなかったのです。
 
●それから数日経ったある日。私は出勤前に偶然、このマンションの大家さんと狭いロビーで会いました。私は挨拶をしたあと、気になっていたこの件について、
「あの~、最近、風呂場に入っていると、女の子の声で変な歌が聞こえるんですけど、大家さん、何か知ってます?」と聞いてみました。すると大家さんは、バツが悪そうな顔をして
「さぁ…」というなり、そそくさと行ってしまいました。そして、驚いたことに、その日の夜からあの“歌声”はパッタリと聞こえなくなったのです。
これはいったい、どういう事なのでしょうか? うちの風呂場に、何かがとり憑いているのでしょうか? ダーク・アサクサさんのご見解をお願いします。

 

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【 ダーク・アサクサの見解 】

ダーク浅草
 
■あなたはその“歌声”が不思議でならないようですが、心配いりませんよ。決して邪悪な“歌声”ではありませんから。私の見解はこうです。
 
■とりあえず、順を追って解説いたしましょう。
まず、これは「何の歌」なのか? 答えはズバリ『ジェリコの戦い』という黒人霊歌ですね。これは聖書に記された紀元前1500年頃の戦いを歌ったものです。
どうです? 思い出しましたか? 小中学校の音楽の授業で、習ったりすることがある曲ですので、あなたが「子どもの頃に聞いたことがあるような気がした…」という記憶は、そういうことだったのですよ。
 
■では、なぜ風呂場でだけ、その歌が聞こえるのか? それは多分こうでしょう。
あなたの住んでいる築30年以上のマンションには、給湯設備のための地下室があるはずです。その地下室には、給湯設備のほかにも上下水道の配管が巡らされているでしょう。そして問題は、下水道の方のパイプなのです。
失礼ながら古いタイプのマンションでは、このパイプに振動音を与えた場合、浴室のような閉鎖された空間では、かすかに反響音が聞こえてしまいます。つまり、あなたが湯舟につかっている夜の十時過ぎ頃の時間に、この地下室で誰かが『ジェリコの戦い』を歌っていたとしたらどうでしょう。
 
■そして最後に、歌っている少女は誰か? これはおそらく、大家さんの娘さんでしょうね。
娘さんは現在、小学生か中学生で、学校の授業でこの歌を習っているのではないでしょうか。さらに、この歌をテーマに近々、音楽の試験をされるとか、合唱コンクールがあるとか、そうした状況だと思われますね。しかし、彼女のパートは副旋律だったため、主旋律のメロディに引き込まれないよう、そんな遅くまで熱心に練習してたのでしょう。ただ、自分の部屋で歌っていると家族から
「うるさいから外でやれ」と言われたんでしょうか。困りました。近くの公園で歌うには恥ずかしかったり、怖かったり…。けっきょく誰も来ないだろうマンションの地下室なら、その子は入室できたのでそこで歌っていた…。
真相はこんなところでしょう。ですから、あなたに「女の子の声で変な歌が聞こえるんですけど」と言われた大家さんは、すぐにうちの娘の歌のことかもしれない!と気づき、その日から止めさせたのでしょうね。たわいのない可愛いお話ではありませんか。
 
■まぁ、最後に気になるところは、彼女の練習の成果はどうだったのでしょうか? ちゃんと歌えるようになっていたら、あなたの恐かった体験も報われますね~。
 
《 終わり 》

イラスト:青木青一郎

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