【 土屋S充さん/会社員:46才 】
●いまの若い人たちは『カラーひよこ』というのを知っているだろうか。昔、縁日の屋台や通学路で売っていた、着色されたひよこだ。卵を産めない雄のひよこに、青・緑・ピンク・オレンジなどの色を付けて子どもに売るのだ。小学生だった私も「買ってくれ」と何度も母に頼んだが、 「生き物は簡単に飼えない」と、いつも買ってもらえなかった。だが、ある年のお祭りの日に、根負けしたのかなぜか二匹の『カラーひよこ』を買ってくれ、嬉しかったことを思い出す。 ●私には『カラーひよこ』とセットで思い出になっている少年がいる。それは私が小学四年生のときの運動会の時期だった。私のいた小学校では、運動会の本番を迎える前に何度も予行練習をするのが通例だった。当時、私の通っていた小学校はいわゆるマンモス校。運動会の練習のときに校庭で種目別に整列しても、他のクラスとくっ付き過ぎてギュウギュウ詰めになるくらいだった。そのときのこと。私のすぐ横で、となりのクラスのイジメっ子が、おとなしそうな子の背中を何度も小突いていた。私はイジメっ子の方の名前(A君)は知っていたが、イジメられていた子の名前は知らなかった。※ここでは便宜上、その子をD君とする。D君は何度も小突かれながらも「よせよ、よせよ」と泣きそうな顔で列の後ろのA君に抵抗していた。私はD君のことはよく知らないとはいえ、同学年なのでときどき廊下や校庭では見かけていた。D君はいつも同じ茶色の古服を着ていて、泣き顔とも困ったような顔とも思える顔をして、下を向いていることが多かった。イジメっ子のA君は、何度も何度も小突きながら、他のクラスの児童に向かって、 「こいつんち、母ちゃんいないんだぜ」と、へらへら笑いながら言いふらしていた。そのときD君は、小突かれているとき以上に悲しそうな顔をしていた。 ●私は「母親がいない寂しさ」を考えてみた。すると、自分の生活の半分がもぎ取られたような気持ちになって、とてもつらくなった。やがて運動会の練習が終わって解散となり、友だち同士でバラバラに教室へ戻るとき、私はそっとD君のところへ歩み寄った。一度も会話をしたこともなく、名前すら知らないD君にだ。私はD君の肩をそっと叩いて 「ねぇ?」と声をかけると、D君はいつもと同じ困ったような顔で私を見た。 「ねぇ、おまえさぁ…、カラーひよこって知ってる?」と私は言ったのだ。自分はいったい何を言ってるんだろと私は思った。 「色のついたヤツでしょ?」とD君は答えた。 「好き?」 「好きだよ」 「持ってる?」 「持ってないよ」 「俺は持ってるよ」 「そうなんだ…」 私はこのD君に何を言いたいのか、どう話をまとめればいいのか、まったく用意も無しに話しかけたのだ。 「帰り道の途中の八百屋の前でさ、カラーひよこを売ってるんだ」 「…………」 「今度さ、そこで買っておまえにあげるよ」 「ほんと?」D君はそう言うと、今まで見たことがないような笑顔になった。 「ほんとだよ」 「何色のひよこ?」 「何色が好き?」 「ん~ん…、ピンクがいいや」 「じゃ、ピンクね」 私はD君と、あまりにも幼稚な約束をしてしまった。 ●その日私は家に帰って、母親に「もう一匹ひよこを買ってくれ」とせがんだ。当然断られたのだが、私は「友だちにあげるんだ」と粘り続けた。すると「生き物をひとにあげるなんて、なおさらダメだ」と言われた。 ●次の日、私はD君になんて言い訳したらいいだろうと、暗い気分で登校した。しかし、その日はD君に会わなかったので、私はホッとした。とはいえ、次の運動会の練習のときは、また近くで整列することになることは分かっていた。そしてその練習の日がきた。D君と私は目が合った。D君はいつものような顔でじっと私を見ていただけで、何も話しかけてはこなかった。さらにその一週間後、同じように校庭でD君は私を見つけ、今度は近づいてきてこう言ったのだ。 「あのさ、こないだのひよこのことだけど…」 私はいたたまれない気持ちになって、なんと弁解しようかと思った。しかし先にD君が言ったのだ。 「父ちゃんがさ、もらっちゃダメだって…、ごめんね」と。 ●小学校を卒業後、別々の中学に進学したため、D君とは一度も会ってない。一方、イジメっ子だったA君とは中学の二年と三年で同じクラスになった。A君は、いわゆる不良グループで、学校も休みがちだった。その頃知ったことだが、A君の家も小さい時から父子家庭だったらしい。 ●けっきょく、家で飼っていた『カラーひよこ』のピーちゃんは、すぐに色が落ちてしまい、どんどん大きくなって成鶏になった。庭に鳥小屋を作ってしばらく飼っていたが、最期は母親が食肉工場へ持っていってしまった。私は悲しかったが、以前から母親が言っていた「生き物は簡単に飼えない」という言葉がやっと理解できた気がした。 ●こうして『カラーひよこ』には、とても複雑な思い出が残っている。それは、生き物を飼うことへの安易な興味と、自分の『あまりにもみっともない偽善者』ぶりだけだったのかもしれない。D君はいま、どんな大人になっているんだろう? そして私のこの思い出を、D君自身は覚えているだろうか? .
【 ダーク・アサクサの見解 】
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イラスト:青木青一郎