【 近石T茂さん/農業:69才 】
●ありゃぁ、ワシがまだガキん頃の話や。戦争が終わったばかりで、どこん家もめっちゃ貧乏やった時代のことや。そんな大昔にワシが見た『海坊主』の話をする。 ●戦時中に大阪からワシら一家が越してきたん町は、三重県志摩市の賢島(かしこじま)ちゅうとこやった。そこはオトンの親戚が住んどる町で、英虞湾(あごわん)いう漁業やら真珠の養殖やらが盛んな海の町や。英虞湾には60以上のぎょうさん島があるが、ワシらが住んどった賢島が一番でかい島やった。 当時、ワシの親戚ん家は百姓をしとったんで、よそん家よりも米や野菜はまだある方やった。せやけど食べ盛りのワシらガキどもは、うまい魚や貝やらを腹いっぱい食べかったし、そんな贅沢はめったにできひんことが辛かった。まして肉なんてなおさらや。ワシの近所のガキどもは、誰も肉の味を知らんかった時代や。 ●大阪から一緒にきたもんの中に、年夫(としお)いういっこ上の従兄弟もおった。その年夫が、ある日ワシにこう言うてきた。 「ちょい、知っとるか? アコヤ貝をたき火であぶると、肉に似とる味がするんやと」 アコヤ貝いうんは、真珠を作るあの貝のことや。 「ほんま? トシやん、誰に聞いたん?」 「材木屋のギンちゃんから聞いたんや」 「せやけど黙って捕ったらどつかれるやん」 「晩に、こそっとぱくりに行ったら、わからんて」と、年夫はワシを誘うたんや。ワシも肉に似とる味を食べてみとうて、二人でこそっと貝を捕りに行くことにしたんや。 ●計画はみな年夫が立てた。月が出えへん闇夜で、潮も引いとって、家のもんらも寝ついとる時間。それが貝を捕りに行くタイミングやった。場所は貝を養殖しとる海岸の中でも、できるだけ目立たん、出入り口の狭い場所をねろた。そこんは岩場で、狭い割れ目を越すと小っちゃい砂浜があって、その先に真珠筏(しんじゅいかだ)がある。とりあえず、貝を何個か捕って隠しといて「夜に焼くんは目立つさかい、また別のときんしよや」いう計画やった。 ●真っ暗ろうなった道を、ワシと年夫は小っちゃい網篭を持って海岸まで歩いた。誰かに見られへんか、目的の岩場までワシらはドキドキやった。そんでついにそこん着いたとき、年夫が 「ここで見つこうたら、言い訳できひんからな」とワシにいうたんや。年夫は腰を屈めて岩場を乗り越そうとした。そんときやった。年夫が突然 「わ!」っちゅうでかい声を出したんで、ワシはビックリした。ワシらが通ろうとしとった砂浜に、誰かがいたんや。暗い砂浜で、ワシもしっかり見た。そいつはまるで砂浜からニョキッと生えたんように、からだの半分だけ出した裸の男やった。 その男は二人おって、痩せ細った浅黒いからだを揺らして、両手をぶらぶらと踊るように振りながら、気色悪い顔でこっちを見とった。年夫は、 「海坊主や! はよ逃げ~!」言うて、ワシらは来た道に向かって走り出しとった。 ●ワシらは、その海坊主のことを誰にも話さんかった。もともと悪さしに行ったもんやから、そんなん話せるわけもあらへん。せやけど、 「あの海坊主は、なんやったんやろうね?」と、ワシと年夫はよく話し合うた。 「空襲で死んだ町の者の霊やないの?」とか、 「海で死んだもんの亡霊やないか?」とか、ガキ同士で想像してみたんや。 「どっちにしたかて関わらん方がええやろ」ちゅうことで、けっきょく、ワシらは二度とアコヤ貝を捕りに行かんかったし、食べたこともない。せやけど、あんとき見た海坊主は、絶対に夢やない、ホンマの出来事やったんや。これがワシの『海坊主』の思い出や。どうやろ、ダークはん? .
【 ダーク・アサクサの見解 】
|
イラスト:青木青一郎