【 須田Y夫さん/会社員:31才 】
●私の親戚の家に、不思議な桜の木があります。それは何本かある桜の木のうち、毎年一本の木だけに謎の現象が起こる桜なのです。今は亡き私のおじいさんは、その木のことを「これは無念桜だよ」と言っていました。 ●長野県のある片田舎が私の父方の実家です。その家には、すでに他界している祖父母も住んでいました。私がその家の不思議な桜の木を見たのは、小学校四年生の春休みのことでした。農家だった祖父母の裏庭には広い敷地があり、そこには馬が飼われていました。馬といっても競馬場で見るサラブレッドではなく、日本に昔から土着している木曽馬という小さくておとなしい農耕馬でした。そして馬房(ばぼう)と放牧地のまわりには、おじいさんが昔に植えた桜の木が10数本ありました。春休みとはいえ、その地域はまだまだ寒く、桜のつぼみがやや出はじめる頃でした。ただ、驚くことに、一本の桜だけ満開に咲いていたのです。私は不思議に思い、いっしょに歩いていたおじいさんに 「どうしてあの木だけ花が咲いてるの?」ときいたのです。すると、 「あれはな、特別な桜の木なんだよ」と言って、その木の由来を話してくれました。 ●おじいさんには二歳年下の弟がいました。つまり私の大叔父です。名前は胤次(たねつぐ)。この大叔父さんは、大平洋戦争の末期に召集令状を受け取って、やむなく戦地に向かい、その後いわゆる特攻隊として若くして戦死したそうです。当時独身だった大叔父さんは、家族にむけて一通の遺書を残していました。そこには家族への感謝や健康と無事を祈る言葉がありました。さらに「自分は桜のように見事に散りますが、チャマのことだけが心残りです」と書いてあったそうです。「チャマ」というは、大叔父さんが可愛がっていた農耕馬の愛称でした。 ●まもなく戦争が終わり、兄であるおじいさんは考えたそうです。大叔父さんへの悲しみと哀れみの気持ちを込めて、チャマがいる馬房や放牧地が見える場所に、桜の木を植えようと。それも、寂しくないようにと10数本も植えたそうです。そしてやがて春が訪れようとした頃、チャマの馬房のすぐ横の一本の桜だけがいち早く開花し、いち早く散ったと聞きました。そしてその早咲きは、今でも続いているというのです。おじいさんは、こう言いました。 「胤次(たねつぐ)の魂は、この木に宿ったんだろう。それを伝えるためにこうして毎年この木だけが目立って早咲きなんだと思う。まるでチャマのそばで寄り添うようにな」 ●戦後の復興のもと農業も機械化され、木曽馬は農耕馬としての需要が減っていったそうです。でもおじいさんは弟の分身としてチャマを大事に育て、その子孫をもずっと残してきました。おじいさんが亡くなった今でも、村を中心とした「木曽馬保存会」の一員として交配の役目を担っているそうです。 ●小学校四年生だった私は、大叔父さんの魂が宿った『無念桜』という話をそのまま信じていました。その後、大人になってから、ソメイヨシノという桜の品種は一代交雑種で全国に広まったと知りました。いわゆるクローン植物であるため、同じ地域・環境であるなら同時に開花するのだと。『無念桜』も同じソメイヨシノです。ではなぜ、敷地内のほかの桜よりも早くのでしょうか? ダーク・アサクサさん、この現象について解説をお願いします。 .
【 ダーク・アサクサの見解 】
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イラスト:青木青一郎